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かかりつけ薬剤師になりたくない人が批判されるのはおかしい

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2016年4月から、かかりつけ薬剤師が制度化され、処方せんを受け付けるごとに70点が算定されることになった。それに伴って

 

“かかりつけ薬剤師 なりたくない”

“かかりつけ薬剤師 やりたくない”

“かかりつけ薬剤師 不満”

“かかりつけ薬剤師 断りたい”

 

などのネガティブな検索ワードで、このブログを訪れてくる人が増えている。このことから、薬剤師の負担が大幅に増える「かかりつけ薬剤師」の件で悩んでいる人がかなり多いことが推測される。

 

僕がこの件に関して気になったのは「制度化されたかかりつけ薬剤師」にならなければ薬剤師としての責任を果たしていないと主張し、かかりつけ薬剤師になりたくない人を批判的に言う人が一定数いるということだ。

 

結論から言うと、僕はこの意見には全く同意できない。制度化されたかかりつけ薬剤師になる・ならないは個人の判断に任せるべきだ。

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なぜかかりつけ薬剤師になりたくないのか

ではなぜ「かかりつけ薬剤師になりたくない」と思う人がいるのだろうか。周りの話を聞いている限り、これは患者に自分の勤務表と電話番号を渡して24時間対応しなければいけないことに集約されるだろう。

 

今までは「かかりつけ機能」が“薬局”に求められていたので、24時間対応の携帯を持つのは当番制でも問題はなかった。しかし、今回の制度ではなぜか「かかりつけ機能」を“個人”に持たせることになったので、個人が携帯を持ち続ける必要がでてきたのだ。(かかりつけ薬局とはなんだったのか)

 

ここが今回のかかりつけ薬剤師制度の問題点の1つで、個人にかかりつけ機能を持たせることにより、薬剤師個人に負担がかかりやすい構造になってしまったのである。(その上、薬局側もかかりつけ薬剤師に突然辞められると収益が一気に減る可能性がある)

 

実を言うと、僕は以前24時間対応の携帯を持ち歩いていた経験がある。この経験から言わせてもらえば、24時間対応ははっきり言って公休であっても心が休まることがない。

 

思いがけない時に携帯が鳴るので、何も気にせずに出掛けられず、正直かなりストレスが溜まった。(しかも手当もたいしてつかない) そのため、制度化されたかかりつけ薬剤師になりたくないという人の気持ちはとてもよく分かる。

 

つまり、制度化されたかかりつけ薬剤師になると、休日が実質なくなるということだ。(携帯が鳴らない日もあるかもしれないが) 「かかりつけ薬剤師になりたくない」と思う人がでてくるのも必然である。

 

仕事に対する価値観は人それぞれ

「制度化されたかかりつけ薬剤師」にならなければ薬剤師としての責任を果たしていないと主張し、かかりつけ薬剤師になりたくない人を批判的すること対して僕が同意できないのは、仕事に対する価値観は人によって違うからだ。

 

人はそれぞれ違う価値観を持っていることだ普通だ。勤務時間は薬剤師として一生懸命に働くが、休みは休みでしっかりと区別したいという人もいるだろうし、一方で患者のために24時間喜んで対応したいという人もいることだろう。

 

この価値観の多様性を否定し、かかりつけ薬剤師になりたくない人を批判するのは明らかに間違っている。仕事を1番の目的として、ヒトは生きているわけでない。他人が自分の価値観を押しつけて良いわけがないのだ。

 

そもそも薬剤師として働いている以上、患者に対する責任を負っていないということはありえない。責任が伴うから、患者に薬を渡す時に処方せんにハンコを押しているのである。制度化されたかかりつけ薬剤師にならなければ責任を果たしていないという主張は明らかに間違っている。

 

つまり、かかりつけ薬剤師になる・ならないの問題は“患者にどれくらいコミットするか”ということだ。どれくらい仕事にコミットするかは個人の自由であるべきである。他人がとやかく言う権利は全くない。

 

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かかりつけ薬剤師という“やりがい搾取”

この前、制度化されたかかりつけ薬剤師を「やりがいのある仕事だからちゃんとやるべきだ」と主張する人が少なからずいるという話を聞いた。しかし、それは“やりがい”という報酬を使って金銭的報酬を圧縮する典型的なやりがい搾取だ。

 

これはブラック労働につながるので、そんな理由が許容されて良いわけがない。“やりがい”というのはあくまでも仕事の“オマケ”に過ぎない。以前の記事にも書いたが、給料と労働環境が整って初めてやりがいを感じる心の余裕が生まれるのだ。

以前の記事:仕事にはやりがいが本当に必要なのか

 

仕事にやりがいを感じられることは確かに重要なことだ。仕事は人生の大半を費やすものなので、やりがいを感じられた方が有意義な時間を過ごせるのは間違いない。しかし、“やりがい”をブラック労働を正当化するために使うことは決して許されるべきではない

 

自分から望んで制度化された“かかりつけ薬剤師”になりたいというのであれば引き受けるのは良いことだと思う。しかし、それを望まない人に押し付けようとするのは明らかに間違っている。あくまでも個人が決めることであるべきだ。

 

かかりつけ薬剤師をやりたくない人に言いたいこと

最後に「かかりつけ薬剤師になりたくない」人に付け加えておきたいことがある。僕はここまで今回のかかりつけ薬剤師制度に批判的で、かかりつけ薬剤師になる・ならないは個人の自由であるべきだと主張してきた。

 

しかし、この主張は「あなたが制度化されたかかりつけ薬剤師にならなくても良い」ということを言っているわけではない。あくまでも“働き方の選択権は本人にあるのだから、かかりつけ薬剤師になりたくないという人の意思は尊重されるべきだ”という話である。

 

今回の制度では処方せんを受け付けるごとに70点を算定できることになった。これはあなたの雇い主にとって非常に魅力的なことである。そして雇われている以上、あなたには薬局の利益に貢献する義務があるということを忘れてはならない。

 

そのため、もし「制度化されたかかりつけ薬剤師」になることを拒否した場合、所属している会社における評価がガクンと下がるリスクがゼロではない。「制度化されたかかりつけ薬剤師」になることを断ることによって、組織内で冷遇される可能性は大いにある。これは制度化されてしまった以上は避けることが難しい。

 

そのため「制度化されたかかりつけ薬剤師にならない」という選択をするのであれば、そういったリスクがあることを忘れてはならない。リスクとベネフィットを考えてから「制度化されたかかりつけ薬剤師」になる・ならないを決めてほしい。

*リスクを軽減する方法もあるが、長くなってしまうので気が向いたらそのうち書こうと思う

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