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日本社会は必要以上に厳しい

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会社で働いていると、社会とは常に厳しくなければならないという雰囲気を感じることがある。

 

先日、友人に日本社会における厳しさは度が過ぎているように思うと話したら、とても共感してくれた。どうやら“社会は厳しいものだ”と教えてくださる無駄に厳しい先輩社員や上司はどこの会社にもいるようだ。

 

そこで、この記事ではいわゆる“社会の厳しさ”というやつについて、僕の考えていることをつらつらと書いていく。

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◎無駄に厳しい研修

例えば、僕が以前働いていた会社は無駄に研修が厳しかった。具体的に言うと研修を主催する社員が過度に高圧的なので、疑問があっても非常に質問しづらい空気なのだ。

 

研修は現場にスムーズに溶け込めるようにするために実施するものなのに、これでは効果半減である。もちろん社員の間でも非常に評判の悪い研修だったのは言うまでもない。

 

おそらく彼らは現場は厳しいものだということを伝えたかったのだと思う。しかし、それは現場に入ればすぐに知ることになるものだ。そもそも研修という場で、現場の厳しさを具体化して伝えるのはかなり難しい。本当に研修でそれを伝える必要があったのだろうか。

 

僕は全くそうは思わない。先程も書いたが、研修の本質とは現場にスムーズに溶け込めるようにすることであり、現場で使える知識や作法を教えることに集中すべきだからだ。この厳しさは完全に無駄な厳しさだと今だに思っている。


 

◎厳しくしても成長するとは限らない

厳しくすることによって、人は成長すると主張する人もいる。しかし、僕はこの意見には同意できない。

 

厳しくすれば成長できると主張する人は、自分が厳しくされた経験があったから成長できたと勘違いしている節がある。しかし、ほとんどの人は仕事において厳しくされようがされまいが、数ヶ月も働けば人並みに働けるようになることが多い。(もちろん例外もあるけど)

 

つまり、厳しくしたから仕事ができるようになったとは言い難く、相関関係があるかはかなり怪しい。仕事ができるかできないかなんて、結局はただの慣れの問題だ。誰もが最初は仕事をテキパキとこなすことはできない。徐々に仕事を覚えて成長していくのである。


 

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◎厳しさはあくまでも手段

このように日本社会ではどんなことに対しても厳しさを適用させようとする節がある。“そこ、厳しくなくても良くないですか?”ということが多すぎるのだ。厳しさを使う場面を間違えすぎなのである。

 

なぜこんなにも無駄なところで厳しいのかというと、“社会とは厳しいものである”という固定概念があるからのように思う。たしかに厳しくするべき場面もあるだろう。それは間違いないと思う。一方、厳しくする必要のない場面も多くある。これは会社で働いたことのある人間なら1度は感じたことはあるのではないだろうか。

 

厳しくするというのは、あくまでも会社の提供するサービスを向上させるための手段であって目的ではない。厳しさが目的になってしまうと、ただの息苦しい会社になるだけだ。盲目的に社会は厳しいものだと信仰するのはどう考えてもおかしい。


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