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仕事に「やりがい」は必要なのか

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求人情報を見ていると“やりがい、やりがい”と過剰にやりがいを強調する求人が溢れている。

おそらく求人情報にやりがいという言葉が頻繁に使われているのは、就活・転職中の人の心に訴求しやすいからだろう。

 

中には給与や労働環境が悪くても「やりがい」を選ぶ人もいるらしい。

しかし仕事において「やりがい」はそんなに重要なのだろうか。

そこでこの記事では、仕事にやりがいは必要なのかについてまとめた。

 

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やりがいが必須という風潮

日本には仕事にやりがいが必要だとする風潮がある。

自分が好きなことを仕事にして、やりがいを仕事から感じられるべきという考えが根強いのだ。

実際、自己啓発系の本では、このような考え方が好意的に書かれていることが多い。

 

たしかに仕事にやりがいを感じられることは非常に良いことだろう。

しかし、こういう考えが多数派ではあるものの、僕はやりがいを無理に仕事に求めなくても良いのではないかと思っている。

なぜならやりがいという曖昧なものよりも、給与や労働環境の方がはるかに重要であると考えているからだ。

 

マズローの欲求5段階説

「マズローの欲求5段階説」をご存知だろうか。

人間の欲求とは5段階のピラミッドのようになっていて、低階層の欲求を満たすと1つ上の階層の欲求を満たそうとし、その階層の欲求を満たすと、さらに上の階層の欲求を満たそうとするというものだ。

 

1番下の階層は「生理的欲求」で、食欲や睡眠欲など本能的な欲求が属する。

その上の階層が「安全欲求」で雨風をしのげる家に住みたい・治安の良い場所にいたいというような、安全な環境で生活したいという欲求だ。

 

安全欲求が満たされると、「社会的欲求」と呼ばれる友達が欲しい・どこかのグループに属したいという欲求が生まれる。

社会的欲求が満たされると、誰かに認められたいという「尊厳欲求」が生まれる。

 

そして5段階の1番上の階層が「自己実現欲求」と呼ばれる自分の能力を活かしてクリエイティブな活動がしたいという欲求がでてくる。

マズロー

 

ではマズローの欲求5段階説で言うと「やりがい」はどこに属するだろうか。

やりがいは上から4番目か5番面に属する欲求だろう

 

つまり「やりがい」は高次の欲求であると言える。

一方で給料や労働環境はどこに属するだろうか。

言うまでもないが、給料や労働環境はやりがいよりも低次の欲求になるだろう。

 

マズローの欲求5段階説によると、人間は低次の欲求が満たされると、より高次の欲求を満たそうとする。

このように考えると、やりがいよりも給料や労働環境を重視する方が自然な気がしてならない。

給与・労働環境が整ってから、より高次の欲求である「やりがい」を求めるのが自然だからだ。

 

このような理由から、僕は仕事においては「やりがい」を求めるよりも、まず最低限の給与と労働環境を確保することを目指すべきだと考えている。

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やりがいを重視した生活

少し考えてみてほしい。

自分の好きな仕事だけど、給料が低くて生活はギリギリ、労働時間も長くてプライベートの時間が少ないという生活を。

正直、いくら好きなことが仕事だったとしても、ほとんどの人にとってやりがいを感じることは難しいのではないだろうか。

 

好きなものはろくに買えないし、カップラーメンだけの生活が続くかも知れない。

このような環境では恋人だって作るのは難しいだろう。

いくら好きなことだからといって、このような状況を幸せと考えられる人は少数派のはずだ。

 

たしかに美談として、劣悪な労働環境で働き続け、結果的に大きな成功を納めたというサクセスストーリーもある。

しかし、こういう人は非常に稀な存在であるということを忘れてはならない。

こういったハズレ値みたいな人を一般化して「やっぱり仕事にはやりがいって必要だよね」と語るのはおかしいだろう。

 

やりがいはオマケで良い

好きなことを仕事にできたとしても、やりがいを感じることができるとは限らない。

ほとんどの人にとっては「給料」と「労働環境」の2つが整っていて、初めてやりがいを求める余裕ができるのである。

この2つが整っていないと、心に余裕が生まれにくく、幸せを感じるのは困難だ。

 

さらに言えば、やりがい重視の何が問題かというと、「給料はそんなに高くなくても良いよね? 会社の仕事はやりがいあるし(^^)」と平気で考えるヤバい会社ができてくることだ。

これは労働力のダンピングにつながり、労働者を疲弊させる。

 

辛い仕事をやりがいのある仕事と言い換えて、聞こえを良くするなんて話はよくあることだ。

日本にこれだけブラック企業が多く存在するのも、やりがい信仰が一因になっている気がしてならない。

 

仕事にやりがいを感じられることも大切かもしれないが、給与や労働環境は人間らしい生活をする上でそれ以上に重要なのである。

やりがいなんて、この2つの要素が満たされてから考えれば良い。オマケで十分だ。

 

というか仕事にやりがいを見出さなくても、他で見つければ良いのではないだろうか。

日本の「やりがい信仰」は少し行き過ぎていると思わざるを得ない。

 

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